令和7年8月24日(日)開催【みんなでつくるイベント「見て触れて、能を体験してみよう」】
2025年10月1日 17時37分会津在住のライター・渡部あきこさんに、みんなでつくるイベント「見て触れて、能を体験してみよう」を取材いただきました。
8月24日(日)開催 みんなでつくるイベント「見て触れて、能を体験してみよう」
福島県立博物館では、ミュージアムパートナーのみなさんや、連携団体のみなさんとともに、地域に根ざした芸能や季節の行事、会津の各地で育まれた文化をテーマにした体験プログラム、こどもたちが地域の歴史や文化に遊びながら触れられるイベントなど、「みんなでつくるイベント」と題したさまざまなイベントを実施しています。
みなさんと協力しながら、博物館ならではのイベントやプログラムをつくっている様子や、参加者のみなさんの感想などをご紹介します。
8月24日(日)に開催されたのは、「見て触れて、能を体験してみよう」。
会津能楽会のみなさんの協力のもと、仕舞や謡(うたい)、囃子などの技術的なことから面(おもて)や装束の着付けまで、能にまつわるさまざまな要素をフルコースで体験しました。
この日、会場となった「雪国ものづくり広場なんだべや」は、実際の能舞台の広さに合わせゴザが敷かれ、背景には鏡板の代わりに幕を設置するなど、どこか緊張感のある雰囲気。はじめに会津能楽会事務局長の上野さんより、会津での能楽の歴史についてお話がありました。
そもそも、会津と能楽の関わりは深く、二代藩主・保科正経が鶴ヶ城改築にともない、三の丸(現在の博物館のあたり)に能舞台を建設したことに始まります。以来、歴代藩主も能を愛好し、市民らにも広く親しまれるようになったそう。「かつては地域のいたるところに能舞台があり、町の旦那衆が買い集めた道具を使った演能が催されていました」と上野さん。ちなみに会津能楽会は昭和34年の設立で、現在会員は47名。「会津能楽堂」等で春秋の演能や薪能など活発に活動しています。
お話が終わったところで、能楽会のみなさんによる実演へ。
まずは謡を見学します。着座の仕方や扇の扱い方も本番さながらの作法どおり。演目は「鶴亀」という、天下泰平や国家の安寧を祝福するめでたい内容の曲です。能楽の謡では、“地頭(じがしら)”という合唱でいうパートリーダー的な役があり、その人の声に他のメンバーが音程を合わせながら進行するそうで、力強く朗々としたお声に思わず聞き惚れてしまいました。
続いては、舞で「鶴亀」を演じていただきます。こちらはふたりの謡にあわせ、ひとりが舞うスタイル。舞手のひとつひとつの所作の美しさ、凛とした表情に思わずスマホのカメラを向ける参加者たち。姿勢の良さと足捌きも見事で、日々のお稽古の成果が伺えました。
最後は、囃子と呼ばれる楽器隊も交え、「羽衣」の一場面を披露。単体でも見応えのある謡と仕舞に、鼓や笛の音が加わることで、“総合芸術”とも言うべき空間が出現しました。ある会員の方が、能楽の魅力を「ひとりではできないところ」と答えていらっしゃいましたが、まさにその言葉がぴったり。
実演の最後は、楽器にまつわるレクチャー。たとえば笛は“すす竹”と呼ばれる特殊な材質で作られており、高くて強い音が特徴。人物の心の機微を表したり、演目の始まりを告げる際や神を呼び寄せる場面などで象徴的に使われることが多いそう。鼓は小鼓、大鼓、太鼓の3種があり、小鼓・大鼓は馬の皮、太鼓は牛の皮で中心部が鹿の皮と表面の材質もそれぞれに異なります。「よ!」「ほ!」「や!」など掛け声をかけながら演奏するのは、「間」を取ることで演奏のテンポをほかの人に知らせるためとのこと。
こうしてひとつずつ説明していただくと、難しい印象のあった能楽の世界に少しずつ近づけてきたようで、なんだかうれしくなりました。
その後はいよいよ参加者のみなさんによる体験の始まり。
まずは全員で謡に挑戦です。
事前に配られた「鶴亀」の歌詞を見ながら、声を出します。独特の抑揚のある音階に加え、伸ばすところや止めるところも複雑で、お経や祝詞に近いイメージ。それでもしっかり声を出し、なんとか歌い切った参加者の皆さん。実際にやってみると想像以上に難しいのがわかったようです。
お次は仕舞の体験。能楽の演目のひとつ「熊野(ゆや)」を実際に舞ってみます。
腰を落として、背筋を伸ばして、腕は真横ではなくやや前方に軽く開いて……と立ち方だけでも普段は使わない筋肉を使っている実感があります。そのままゆっくりすり足で歩くときも、体の軸はブラさないのが鉄則。指導にあたった先生の優しい声音と、時折発する厳しい一言が効いたのか、皆さん真剣な表情で取り組んでいました。
体を動かして緊張がほぐれたところで、自由体験の時間。鼓を演奏してみたり、面をつけてみたり、思い思いに体験を楽しみます。「能や歌舞伎などに興味があって来た」という外国人の方は、「すべてに厳しいルールがあるとわかって難しかったです。けれど、装束や面がとても美しく、参加してよかった」とにっこり。「去年の体験を見学していて今年は絶対に参加しようと思った」という茨城県から来られた女性は、「どの体験も楽しく、良い取り組みだと思います。念願が叶いました!」と、うれしそうに話してくれました。
また会場内には、喜多方市の須藤善昭氏が手がけた能面が展示され、翁や小面、中将など能楽で使われる代表的な表の種類が紹介されていました。また、博物館の収蔵品から、伝統的な演目である「三番叟」を描いた掛け軸や、能楽の演目と関わりの深い平安王朝をイメージした打掛など、能楽にまつわる展示もなされ、ひとつひとつ興味深く見ていく参加者の方も。体験だけではない博物館らしいアプローチに、能楽への関心も高まったのではないでしょうか。
その後は着付け体験で、能装束のなかでもひときわ華やかな「唐織」という着物を実際に参加者に着ていただきました。一般的な着物とは異なり、胸元を広げて、裾をすぼめた逆三角形に着付けるのが特徴だそうで、最後は面もつけて完成。それなりのものを購入するとなると数百万円はくだらないという高価な衣装に、参加者の皆さんの目も釘付けになっていました。
最後に上野さんが「これからも会津の能の伝統を守っていきたい」と挨拶し、2時間にわたる体験が終了。最後のサプライズとしてご用意いただいた、「土蜘蛛」という演目で披露される、蜘蛛の糸を投げる実演はまさかの失敗に終わってしまいましたが、そんなハプニングもご愛嬌。和気あいあいとした雰囲気が、体験の充実度を物語っていました。
終了後、上野さんに話を聞きました。
「能楽というものがあることは知っていても、実際に体験できる機会は少ないと思います。それもあって盛りだくさんの内容にしてしまいましたが、これで興味を持って演能会を見に来てもらえたり、自分でもやってみたいと思ってもらえたらうれしいです」
ちなみに上野さんの能歴は50年(!)とのこと。他のメンバーにも50年以上続けているという方がいて、改めて能楽の世界の奥深さを思い知らされました。また別の会員の方に能の魅力を尋ねた際、「果てがないこと」とおっしゃっていたのも印象的で、精進し続けることそのものが能楽の楽しみややりがいなのかもしれないとも感じました。
かつて鶴ヶ城の能舞台があった三の丸に、今は博物館があり、そこでまた能が演じられている。そんなめぐり合わせに思いを馳せつつ、長い時間をかけて紡がれてきた伝統芸能の技にどっぷり浸かった贅沢な2時間でした。
博物館では今後もミュージアムパートナーのみなさんや、連携団体のみなさんと一緒に地域の文化を身近に感じられる「みんなでつくるイベント」を開催予定。ものづくり体験も充実しています。
気になる企画があれば奮ってご参加くださいね。お待ちしています。